晩年の羽山大学(はやま だいがく) | 現在まで残された彗星夢雑誌原本 |
当時の羽山の診療所周辺は:現在では偶然にも町の医院となっている。偶然で、現在の医院とは姻戚の関係もありません。 |
南方熊楠は羽山家とは懇意にしていたが、彗星夢雑誌に非常に興味をもち、後に自分が出版をすると話していた。また、非常に価値のあるもので、家宝として大切に保存するように羽山家に話した。中央が南方熊楠、後列右から3人目 羽山季(中川季 中川勝弘の祖母) 前列左端 幼少の中川藤一(中川家第8代当主 元中川木材産業 代表者) |